【CTIC通信】価値観の違う「居場所」(中村) No.171

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価値感の違う「居場所」

 

 先日、テレビを見ていたら不登校をテーマにした番組が放映されていた。その中で教育評論家のコメントが心に留まった。不登校が増えてきた一つの背景として「学校と家庭での価値観が同じになっている。」「学校にいても家庭に帰っても学力偏重の価値観、試験の成績だけで評価される環境で子ども達は居場所がなくなり、部屋に閉じこもり心を閉ざしている。」


 不登校は外国籍の子ども達も例外ではない。CTICに相談に来る外国人の家族の中にも不登校を経験している子ども達が何人もいた。学校でのいじめや授業が理解できない等の理由で自己肯定感を持てずに引きこもる子ども達だ。「君はそのままの君でいいんだよ。」そう言ってくれる大人や仲間の集まり、学校や家庭の中にある能力重視の価値観と違う価値観が存在する安心していられる「居場所」が彼らには必要なのだ。「居場所」とはスペースのことではなく、ありのままの自分を受けとめ、自分の価値を認めてくれる安心できる人間関係を持ったグループのことである。「私たちはみんな神様の子どもであり、神様から愛されている」と教えている教会は、まさにそうした人間関係をもつ「居場所」だと思う。


 「居場所」がグループであるなら、その人間関係を理解し構築していくグループ・コーディネーターの存在も必要だ。以前は小教区に派遣されていた若い助任司祭や神学生、それを取り巻く青年達がその役割を果たしていた。日本人信徒の少子高齢化と若い司祭や神学生の減少を迎えている現在、小教区や宣教協力体で意図的にそのグループ作りとそのコーディネーターを養成しないと次世代を担う青少年のサポートと養成は難しいと思われる。東京教区の中にも、学生のために聖書の分ち合いとミサを中心とした「はつど」、自分の職場や生活を状況を分かち合い改善を試みる「JOC」、日本人とフィリピン人との間に生まれた青少年達の活動グループ「JFY」など、いくつか若者の「居場所」になっている所がある。そうしたグループを小教区や宣教協力体ごとに作ることはできないだろうか。


 教会の中に「価値観の違う居場所」を見つけることができた外国籍信徒の子ども達は、多文化共生の教会づくりに取り組もうとしている教会共同体で、将来、日本人共同体と外国人共同体をつなぐ架け橋として活躍していくだろう。CTICは、小教区や宣教協力体でのそうした「居場所」作りに協力していきたい。  
 

(CTICスタッフ中村 潔)

 

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